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メソッド

第9章:仕事の切れ間や“どこまで”が分からない│責任の境界線

2015年5月28日 Category:メソッド

※出来るだけ最初から順番にお読みください。

仕事を始めると、切れ間が分からず延々としてしまう。

仕事中に休憩をとっている人を見ると、イラッとする

人のミスに強く出てしまう

いずれも仕事など何らかの目的で動いている時の、自分への【責任】の取り方に関わる反応ではないでしょうか。

今回は自らの認知や、責任感のあり方がズレてしまう際の、自分の境界線の置き方についてご案内します。

仕事の切れ間と責任感

仕事があればあるだけ仕事をしてしまい、体力的に無理が起こったり、ミスにつながったり。また、他の人との呼吸が合わず、結局連携がちぐはぐになり非効率になってしまう。

さらには休憩をとっている人を見ると、イラッとしてしまうなんて方も。

仕事をしながらも、複数のことにアンテナを張っておけず、シングルタスクやシングルフォーカスになっている場合には、非常に陥りやすくなる問題です。この過集中タイプの方の場合は、区切るポイントを具体的にし、スケジューリング以外に切り替えるフラグを立てていくことと、切れ間のメリットを認識することで、ある程度の対応が可能になります。

しかし、そうではなく【責任の受け取り方】で起きている(または含まれる)場合は、認知を見つめる必要があります。

【完璧主義】の中でも触れましたが、状況や認知によって使命感に苛まれたり、責任の所在を見失うことがあります。また、自分の立ち位置を見失い、その職責の範囲を深く受け止め過ぎて【仕事=作業(使命感あり)】に偏ってしまう事があります。

仕事や作業がそのまま使命感の様になってしまうと、休憩を取ることや中断することに薄っすらと罪悪感を抱くなど、後ろめたさを持つようにもなります。その罪悪感は作業をすることで払拭されますが、何かしらのミスが起こるだけでも、強い自責の念を抱きやすくなります。

こうして切迫感や強迫感に苛まれ、誰かに終わりを指示されるまで(または周囲がそういう雰囲気になるまで)、自ら離れることに不安を感じる様になります。

実は仕事への責任感であるようでいて、仕事をこなす自分自身の在り方への責任感が強く、そこに身を置くことや『これくらいは出来なければ』というハードルを自分に突きつける強迫感の連続だったりします。

そういった場合、仕事をやり遂げても人生観を変える様な大きな成果ではない限り、自らのこなしたことに達成感を持ちにくなります。
結果的に微弱な開放感や安堵、また気が抜けるだけなど、自己評価を上げるには肯定感の足りない受け取り方になりかねません。

一度仕事への責任感を、『自分の責任』などの自立や自己実現などといった自戒から切り替え、『仕事をこなすこと』だけに絞る必要があります。

切れ間を作る方法

対策としては、一般的な休憩時間のタイミングに合わせ、しっかりと休憩をとる日を数日間設け、仕事終わりの自分の疲労感や張り詰め具合が【どれだけ楽になったか】を感じようとしてみてください。

この【楽】は害ではないはずです。むしろ、『仕事をこなすこと』に求められる、将来的に連続して続く仕事の繰り返しに対し、効率よく自分の体力を残していく作業でもあります。

【どれだけ楽になったか】を感じようとすることが大事で、継続や実行に意識が無いてしまっている時は、なかなかここに気がつくのが難しくなるものです。

自身の責任に縛られた場合、失敗を恐れたり挫折を非常に嫌う傾向が出てきます。もちろん失敗や挫折はマイナスですが、将来的に負の遺産であるかといえばほとんどはそうではありません。それよりも責任に縛られ、仕事の効率が落ちていったり、継続を保てなくなるのであれば、それこそ負の遺産です。

【どれだけ楽になったか】を感じる事で、『仕事をこなすこと』への有効性を実感し、責任の持ち方をスイッチすると視界が広くなります。

失敗を起こさない事を第一にする職業では、多くの場合、休憩時間の徹底と手順の確立の徹底があります。例えば建築現場での作業は、命の危険が伴うことがあり、また少しのミスが大きな損失を生むことがあるため、一日の作業の確認と10:00/15:00の休憩は最優先されます。

歴史的にも有効であったから残る、広いスパンで考えられた、仕事の効率化だからではないでしょうか?

自己実現や自己評価の上昇は、こうした仕事の積み重ねの先にあります。自分を張り詰めてどうこうしようとするよりも、仕事の長い成功に的を絞った方が近道なのかもしれません。

そして、一番大事なのは【ここで休んでもいいんだ】という、休憩する自分への肯定感を持つことです。

人のミスに強く出てしまう

自分の責任(在り方)に強迫感を持っている時は、責任を負うことを避けるばかりでなく、責任の存在にも敏感になります。

余裕を失っている場合、時に人は他人との境界線が曖昧になってしまう事があります。人のミスが自分のミスのように不快感を感じてしまうのです。

人は自分が気にしている事を、他人の行動の中に見た時に指摘する

他人の失敗に目が行き、必要以上の言葉をぶつけてしまうのは、自身が失敗や責任に対して強迫感を持ってしまっているからかもしれません。『自分が過去に同じ失敗をしたから』とか『相手のミスは自分にも回ってくるから』という想いからの場合でも、それを説明すればいいだけで、必要以上に相手を責めれば、相手は余計に強張り、ミスの連鎖を生みやすくなってしまう危険性が高まります。

人はコントロールされることを嫌います。しかし、相手をコントロールすることに欲求を持っています。適正な人格同士の距離感を保てていれば問題はありませんが、責任に強迫感を持っていた場合、この距離感を見失うことで自分を守ろうと強く出ているのかもしれません。

人は人、自分は自分。発想は自由である。

『一番悪いのは誰?』で責任の個人化を防ぐ

その他人のミスは、自分の在り方を崩すものなのか?

言いたくなった一言は、自分自身の不安ではないか?

この観点で、過去に相手に厳しく出てしまった例を思い返し、当てはめてみてください。なるべくリアルに思い浮かべ、そこにこれらの観点を発見することで、脳に追体験させます。この中では【言いたくなった一言は、自分自身の不安ではないか?】という一言がキーになりやすいタイプだと思います。実践する際はこのキーワードから入ると、衝動的な発言が抑えられるかもしれません。

同時に、自分のミスに対して必要以上に強く出てくる人は、【言いたくなった一言は、自分自身の不安ではないか?】と考えてみると、何をコントロールしたいのかが見やすくなり、不快感を低減させる効果があります。

次の章では自分の在り方や、責任の所存に影響を与えやすい、『人の境界線』についてご案内します。

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